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飯田・銀座通りの衣料品店「山一」が一区切り 93年の歴史に幕

「お客さまが支えてくれた。誠意を持って向き合う気持ちで続けてこられた」と「山一」3代目、加藤高峰さん。2026年5月15日撮影

「お客さまが支えてくれた。誠意を持って向き合う気持ちで続けてこられた」と「山一」3代目、加藤高峰さん。2026年5月15日撮影

 スーツやコートなどの重衣料を中心に紳士服、婦人服を扱う衣料品店「山一(やまいち)」(飯田市銀座)が7月末で営業を終了し、1933(昭和8)年の創業から93年の歴史に幕を下ろす。

飯田市スクランブル交差点、銀座1丁目「山一」

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 同店は大正生まれで上久堅出身の初代・加藤銀一さんが1933(昭和8)年、飯田市大通りで創業。当初は染色屋として、源長寺川(げんちょうじがわ)の水を使って染色製品を仕上げていた。1953(昭和28)年には「有限会社山一」として法人化した。

 1958(昭和33)年、現在の銀座通りへ移転。当時、この場所には「飯田合同タクシー」(現在の飯田タクシー)があり、事業拡大に伴い通り町への移転したため、この地へ店を構えた。染め物店時代からの顧客の要望を受け、修繕や繊維関係の仕入れを始めるとともに、南信地区でいち早く既製品の紳士服を導入した。当時は仕立服が主流で、既製服を取り扱うことに驚きの声も多く寄せられたという。

 2代目の善弘さんは1939(昭和14)年生まれ。学校生活協同組合との取引を広げるなど販路を拡大し、店舗も広げた。2階には従業員の住み込み寮を設け、常時2~4人が生活していたという。1961(昭和36)年生まれの3代目・高嶺さんは「父母が商いで忙しかったので、従業員が家族のように面倒を見てくれた」と振り返る。

 1979(昭和54)年には鉄骨4階・地下1階建てのビルを建設。1階では婦人服「JOLIESSE(ジョリエス)」、2階と3階では紳士服を扱い、1980年代のバブル期には最盛期を迎えた。祖父母、父母、伯父、高嶺さん夫婦ら家族・親族に加え、10人ほどの従業員が働いていた時期もあったという。高嶺さんは「お客さまから『大通りへ買いに行った』と言われることもあった」と振り返る。

 2009(平成21)年、高嶺さんが代表に就任。父母から社長就任を打診された際、「取り扱う商品や服飾業界を取り巻く環境から、時代的にも厳しい」と伝えたが、父母からは「今まで地域に世話になった。目の黒いうちは続けてほしい」と言われたという。高嶺さんは「日本製品にこだわり、仕立ての良いものをそろえることで差別化をしている。ここへ来るのを楽しみにされているお客さまもいる。恩返しの思いで続けてきた」と話す。

 閉店については、建物の維持管理や今後の服飾業界を取り巻く環境を考え、「一区切り」と判断したという。高嶺さんは「お客さまから『子どもが結婚した』と報告を受けるなど、親子代々通ってくれた方も多かった。違う業界の方とのつながりもでき、地域の役員を務める中で苦労もあったが、お客さまが支えてくれた。誠意を持って向き合う気持ちで続けてこられた」と話す。

 営業時間は10時~18時30分(日曜は17時まで)。月曜・水曜定休。現在、閉店セールを行っており、50%引き商品や100円コーナーを設けている。7月31日まで。

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