医療法人龍川会「西澤病院」(飯田市本町)と一般財団法人「中部公衆医学研究所」の節目を祝う記念式典が2月27日、シルクプラザ(育良町)で開かれた。西澤病院の創立130周年と中部公衆医学研究所(高羽町)の創立70周年を記念したもので、佐藤健飯田市長から「長寿企業等顕彰」の表彰状が授与された。
西澤病院の創立130周年と中部公衆医学研究所の創立70周年を祝う記念式典
西澤病院の起源は1895(明治28)年9月、初代医師の西澤庸太郎が松尾八幡に西澤医院を開業したことに始まる。1901(明治34)年に飯田市殿町へ移転し、1926(大正15)年には同市本町で産婦人科医院として新装開業。1948(昭和23)年に保険医指定医療機関として認可を受け、同年10月には病床増床に伴い西澤病院へと改称した。1955(昭和30)年には医療法人龍川会を設立し、現在の名称となった。その後も増改築や病棟再編を重ね、2020年には介護医療院として分離し、地域の高齢者医療を担っている。
一方、中部公衆医学研究所は地域の公衆衛生向上を目的に設立された財団で、創設には医師であり長野県会議員も務めた西澤寛志さんの理念が背景にある。当時、地域では公衆衛生の概念が十分に浸透しておらず、自らの私財を投じて基盤を築いたという。同研究所は1月8日、新社屋(上郷黒田)で業務を始め、「南信州健診センター」「南信州環境分析センター」として再スタートを切った。健康診断を通じて疾病の早期発見につなげ、地域の医療機関へ橋渡しする役割を担ってきた。
記念式典では、両法人の歩みと地域医療への貢献を紹介。西澤病院からは多くの産婦人科医が育ち、周産期医療や不妊治療など地域医療を支えている。
医療法人龍川会介護医療院西澤病院の西澤良斉院長は「長く続いていることの意味を考えながら医療に取り組んでいる。曽祖父が産婦人科を選び地域に根差してきた歴史には意義がある」と話す。中部公衆医学研究所についても、「祖父の公衆衛生の理念が現在も根底にある。健康診断を通じて地域医療を下支えしてきた」とし、「歴史は一人の力ではなく、多くの職員や関係者の積み重ねによるもの。培ってきたものを大切にし、次の世代へつないでいくことが重要」と、今までを振り返りながら話した。